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[開業20周年]
医局日誌
〜Doctor's column〜

Episode 13:息子

とても穏やかで、しっかりとした、社会人男性の方が初期の舌癌で入院されて来た。50代前半だった。入院当日は奥様も一緒だった。感情の起伏もなくスタッフにも協力的で患者さんの見本みたいな人だった。
どっしりと構えた風でもあった。手術内容は舌部分切除人工膜被覆だった。だれでもそうだが手術直後は体力をえらく消耗し、意識も、もうろうとしているため、ぐったりしている。

オペ室から帰ってきた患者さんを奥様が心配そうに看病していた。オペ後どれくらいたっただろう。教授の術後回診も終わり点滴の具合を見に行った時、意外な場面に出くわした。そのいつも冷静な彼が声を出して男泣きしている。そこには多分彼の息子であろう人物が黙って立っていた。父とは正反対で、ジーンズにTシャツ、金髪でピアス(たくさん)といういでたちだった。その隣で婦人も口に手をあて、しくしく泣いている。随分長いこと男泣きしていたと思う。私は入室して息子であろう人に「こんにちは」と会釈してすぐに退出した。泣き声は廊下まで聞こえた。・・・、うれしかったんだろうすごく。

点滴・・、どうしようかなぁ。廊下でしばらく待ってみた。小さな声が聞こえた「よく・・、よく来たな。」泣き声混じりの声だった。なぜか自分の涙腺が熱くなるのを感じた。しばらく放置することに決めた。私以外の人が抜針してくれるにちがいないから。家族はなにがきっかけで、絆を取り戻すか分からない。小さなドラマを見た。退院の日が来た。なぜか私は婦人と彼と記念撮影をしていた。「先生、写真できたら病院に送りますね。」婦人はうれしそうだった。家族にとってこの入院が、すごくいい出来事だったにちがいない。その秘密を私だけが知っている。いやみんな知っていて、みんな黙っていたのかも・・。

-麻酔科の教授と-

このコラムについて

※2006年に掲載したドクターズコラムを再編集したものです。
※当時の表現を使用しているため、読みづらい部分があるかと思います。

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