Episode 11:無言
ある日入院病棟に一人の老人が入院して来た。
小柄で痩せていて、静かで・・・、と言うか「う~、」とか、「あ~、」とかしか言わない、施設に入居している患者さんだった。入院時も施設の人が同行してきた。
病名は口腔癌(舌の)だった。白血病もあった。手術前検査に引率した。
私「エレベーターのりますよ。」患者「・・。」私「7階で降りますからね。」患者「・・。」人が増えてきた。あ~、まずいな、離れてしまったな。
「降りますよ!」患者「うっ、う~~~!」その瞬間みんなどく。なるほど、言葉なんていらないか?手術後、食事は流動食となった。コーヒ味、ヨーグルト、いちご味からなるミルクのような栄養食を飲んでもらう。私「ここにお食事置いとくので、一回一缶ですからね。」患者「・・。」その夜7時ごろ、ナースステーションに現れた。片手にコーヒー味の缶を持って、「う~。」私「あれ、もーなくなっちゃいました?」「うー、うー。」ストックにあったヨーグルト味を出す。「う~~~。」首ふってる。
いやなんだ。私「コーヒー味・・ないよ。」患者退場。あっそう、コーヒーじゃなきゃやなんだ。しかも言葉はっさないし。ある日また一緒に検査室へ。再びエレベーター。私「レントゲンとりにいきますからね。」患者「・・。」いつも通り。と、その時、患者「タバコ、吸いてえなぁ。」私「・・!」喋れるんじゃん!「タバコ、だめですよ!お話、できるんですね!」患者「・・。」またか。それでも案外仲良くなった。
1週間後、医学部病棟に移動になった。白血病が重度になったからだ。そんなある日、私はコーヒー味の栄養食を差し入れに医学部病棟の彼の部屋を訪れた。私「コーヒー味、持って来たよ。」患者「・・。」彼は個室部屋だった。それは重症である証だった。ナースさん「下血と下痢が止まらないのよ。いつも何も言わずに突然だから。」彼が言葉を発するのはどんな時なんだろう。ある日医学部病棟から報告があった。他界したとのことだった。なにかしゃべったのかな。辛かったはずなのに・・・。
-※イメージです-
このコラムについて
※2006年に掲載したドクターズコラムを再編集したものです。
※当時の表現を使用しているため、読みづらい部分があるかと思います。