Episode 16:病気
口腔外科の診療室には月1回北里大学から精神科の先生がいらっしゃり、外科とは別に精神科外来をしてくれていた。私の患者さんに、どうしても自分の知識範囲を大きく逸脱する方がいた。風体もかなり変わっていた。
首中にサロンパスを5センチ四方に切った物をはりめぐらせ、その上からセロハンテープをぐるぐるに巻きつけている。「私は顎関節症なんです!」といいきり、この医局の先生が書いた本を片手に「私はこのページに書いてある病状におちいっているんです。」とまで言ってしまう方だった。ある意味、その患者さんの言うことを証明するためにも色々検査をした。レントゲン、MRI、造影で。もしかして腫瘍?と思いCTまで。
結果は最初の思惑どおり、健全だった。リエゾン外来に踏み切った。一緒に診察を受けた。
先生「こんにちは、首はどうしたの?」患者「やーもう痛くて、顎関節症なんです。」先生「いつから?」患者「大学時代からで、近年ひどくなってくて、治して下さい。」確か30才・・。先生「大学はどうだった?忙しかった?」患者「理系だったんで実験が大変で。」先生「そうだね、4年間がんばったわけだ。」患者「いや、途中で中退しました。」先生「なんで?」患者「私の後ろの学生が自分をばかにするんです。どうしてそんなことするんですか!なにがおかしいんだ!と聞いたら、全てだ、と言われて。」先生「なるほど。」患者「その後もイスを蹴ったりするから、どなったら、みんなに笑われて。大学を辞めたんです。」先生「家族は?貴方を理解してくれた?今仕事は?」患者「仕事はしてないです。顎関節症がひどくて・・。」先生「トラウマになっているよね。痛みの原因は学生時代。そこから脱出できていない。仕事ができない理由は痛みではないよね。このままでいい?」患者「・・。」先生「生活を変えてごらんなさい。仕事をする。続ける。それでまだ痛かったらもう一度来て下さい。」患者「はい。」
すごいと思う。私ならそこまで踏み込んで聞けない。答えさせられない。患者さんはすこぶる静かになっていた。「また来ます。」それから私が彼と会うことは2度となかった。医療は難しいと深く思った。
-写真はイメージです-
このコラムについて
※2006年に掲載したドクターズコラムを再編集したものです。
※当時の表現を使用しているため、読みづらい部分があるかと思います。
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