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医局日誌
〜Doctor's column〜

Episode 2:吸引

歯科の領域だと吸引はもっぱら唾液やお水を吸うことに用いるが、病棟にいると色々なものを吸引したりする。鼻から鼻汁を吸ったり、胃にお水を入れて再びそれを吸い上げたり(胃洗というが)。手術後、部位が大きいと、出血によって血液が固まって腐らないように、管を傷口に入れ吸引するというのがある。
ある程度出血がないのを確認して最終的には取り除く。その吸引作業が案外力仕事だったりする。それが1本しか入ってない人もいれば数本入っていたりする人もいる(手術部位が広いと多くなる)。自分達の担当グループにとても大人しい男性患者がいた。

大きい手術をしたため、チューブが3本入っていた。普段からあまり感情を表に出す人でなく、少し間違えると無愛想に見えたりもした。首から口にかけての手術だったので気切をしていてしゃべれない。暑い夏の日だった。
「吸引しますよ。」といって取り掛かった。相変わらず反応なし。窓の外を眺めている。1本終わって私の額にはうっすら汗がにじみはじめた。2本目。すでに滴っている。3本目。チューブに手をかけると、先方も手をかけてきた。ふと見上げると、両腕を横にあげて筋トレのポーズをとっている。何度も腕を上下させ「筋トレしろ、筋トレ。」と言っているようだった。
「そうですよねぇ、筋肉つけなきゃ。」と言うと何度もうなずきバック(チューブにつながっている容器)を自ら持ってくれた。そしてまた静かに吸引が続いた。何度も汗をぬぐいながら終了した。「お疲れ様でした、また来ますね。」というと軽く手をふってくれたのだ。うれしかった。。

私が彼を吸引するタイミングはそうなかった。もしかすると最後だったのかもしれない。彼はその年の冬に他界した。病棟は患者さんと一緒にいる時間が長いので色々なドラマがある。テレビで見るような派手なやりとりのものではない。ただ静かに一緒にいる時間が流れていく、そんな感じだった。

このコラムについて

※2006年に掲載したドクターズコラムを再編集したものです。
※当時の表現を使用しているため、読みづらい部分があるかと思います。

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